てあたりしだいでごめんなさい。 只今98%SMAP草なぎ剛状態でございます。
【ハノイ=佐々木学】カンボジアの旧ポル・ポト政権(1975~79年)の元副首相で、大量虐殺に関わった罪に問われ特別法廷で公判中のイエン・サリ被告(87)が14日朝、プノンペン市内の病院で死去した。心臓などを患い、4日に体調を崩して入院していた。
元副首相は旧政権のナンバー3。ポル・ポト元首相(98年に死去)、同法廷で起訴・公判中のヌオン・チア元人民代表議会議長(86)に次ぐ地位だ。重要幹部の死去により、犠牲者170万人超と言われる国民大虐殺の裁判による真相解明は、一層難しい状況となった。
訴訟資料などによると、元副首相は1950年代に留学先のフランスで仏共産党に入党した。57年にカンボジアに戻り、教職に就きながら共産党運動に傾倒、党権力の中枢を担うようになった。75年に発足した政権では外務担当の副首相となり、海外から帰国した知識層への強制労働を通じた「再教育」や、反逆者の粛清・処刑に関与した疑いがもたれている。
78年12月にベトナム軍が侵攻し、翌年には親ベトナムのヘン・サムリン政権が発足、ポト派は放逐された。元副首相は欠席裁判で死刑判決を受けたが、96年に他の幹部に先駆けて投降し、国王から恩赦を受けた。ポト派を離脱してフン・セン首相支持を表明したり、メディアの取材に応じたり目立つ存在だった。
だが、2006年に国連とカンボジア政府が真相究明のために特別法廷を発足させたことに伴い、元副首相は07年11月、「戦争犯罪」と「人道に対する罪」で逮捕された。法廷では96年の恩赦を理由に「公判は無効」と主張し、否認を貫いた。
妻のイエン・チリト元社会問題相(81)も起訴されたが、認知症のため昨年9月に釈放。残る被告のチア氏と政権ナンバー5のキュー・サムファン元幹部会議長(81)の審理は今後も継続されるが、高齢で体調が安定せず進行は滞りがちだ。特別法廷は300人の職員に給与を払えないほどの資金不足の問題も抱えている。
法廷での真相究明を求めてきた犠牲者の遺族らは焦燥感を強めている。ポト派政権時代に祖父母や父、6人の兄弟を亡くしたシナさん(58)は「旧政権幹部が罪を償わずに世を去ることは許されない。迅速な裁判を」と訴えている。
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